初芝富田林高等学校 
喜田さん

このインタビューシリーズで、同じ東大理科一類1年生の手良脇 大誠さんが「全国物理コンテスト 物理チャレンジ」について話してくれました。喜田さんは高校2年の時に手良脇さんといっしょに全国大会に出場されたんですね。

僕は高校1年の時から3年間連続して全国大会に出場し、1年と2年の大会では国際大会に出場する代表候補に選ばれました。手良脇くんとは2年と3年の時にいっしょに全国大会に出場しています。

手良脇さんのお話では、全国大会では、ダンボールの箱に入って実験をするそうですね。

はい。「独房」とみんなが呼んでいた箱ですね。初めてあの箱に入った時は、人生で初めて緊張というものを味わいましたよ(笑)。

初めてですか…。喜田さんは小学校6年生で「英検1級」に合格したんですよね。その試験では英語での面接もあったと思いますが、その時には緊張しなかったのですか?

あの時は英語で適当なことを受け答えしていただけなので気が楽でした。でも物理チャレンジの「独房」では違いましたね。最初に出場した時には僕は高校1年生で、まわりはみんな上級生です。知らない人ばっかりだし、みんなかしこそうだし。そのうえダンボールの箱みたいなのに入れられて、実験装置を渡されて…。そりゃあ緊張しますよね。

それが人生はじめての危機だったのですね。

しかも会場の照明は暗いし、準備された実験道具がおそまつで、実験の材料を貼りつけるテープがうまくひっつかないんです。

へ〜。困りましたね。

ダンボール箱の中で悪戦苦闘していると、周囲から実験材料をうまく貼りつけられずに落っことす音が聞こえてくるんです。「カラーン、カラーン」と。それで泣きそうになって、30秒くらい手が動かなくなってしまいました。

それで?

そこで冷静に考えてみたんです。条件はいっしょなんだから、みんなどうせ同じようなもんだろうと。

まわりでも失敗する音がしているわけですからね。

そう思ったら、すっと緊張が解けてなんとかしようという気持ちになりました。

すごいストレス耐性の強さですね。さすが喜田さんです。

全国大会で優秀な成績を収めると翌年の「国際物理オリンピック」に出場する日本代表の候補に選ばれます。候補になれるのは12人で、それから日本国内で3回の合宿を経て最終の日本代表5名が決定されるんです。

日本の全国大会で翌年の世界大会の代表が選ばれるんですね。

そうです。ですから高校生が対象となる国際大会に出場するには高校2年で代表候補に選ばれないといけません。もちろん僕と手良脇くんのように高校3年で全国大会に出てくる人もたくさんいますが、翌年には大学生になる高3生は全国大会で入賞しても国際大会の代表候補にはなれないのです。

喜田さんは当初から国際大会を目標にしていたと…。

そうですね。ベストの結果を出せれば僕も国際大会の出場資格を得られるだろうと思っていました。結果として1年生でも2年生でも日本代表候補に選ばれ、高校3年生の時にはポルトガルのリスボンで開催された国際物理オリンピックに出場できました。

大きな夢がかなったのですね。

「はつとん」の中学に入学した当時は数学の世界大会をめざしていました。放課後に数学好きの仲間と集まって勉強会を開いたり…。そして中学3年生の時に母が物理学を勧めてくれて、目標を国際物理オリンピックに変更したんです。

小学生のうちに英検1級に合格した喜田さんに英語を教えてくださったのもお母さんなんですよね。

父も母も、僕に「世界一」になってほしいと心から願ってくれています。その思いを感じながら、いつも感謝しています。

では次回は、喜田さんが銀メダルを獲得した「国際物理オリンピック」の様子ついてお話をうかがいます。ありがとうございました。

年にポーランドのワルシャワで第1回大会が開催された物理の国際的なコンテストで、毎年夏休みに開催されています。喜田さんが参加した2018年のポルトガル大会は第49回で、86か国・地域から大学入学前の若者396名が参加し、物理学関する能力を競いました。日本代表は高校3年生4名と高校2年生1名。この5名のうち1名が金メダルを、喜田さんを含む4名が銀メダルを獲得しました。

*ここに掲載された文章は、本人への取材をもとに初芝富田林高校が作成しています。

*すべての文章、内容の責任は初芝富田林高校にあります。

次回は<第4回 世界中から秀才が集まる「国際物理オリンピック」に出場>です。
お楽しみに〜。

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